こんばんは、
飛行機女子のRuiです。
SNSではお知らせしたのですが、実は先週末の26日(日)、愛知の中部国際空港(セントレア)で開催された「第1回 航空ファンミーティング in セントレア」で飛行機アクセサリーを販売しました。
大変ありがたいことに、イベント当日はブログの読者さんやSNSのフォロワーさんがブースに来てくださり、お話することが出来ました。そのときの話題の一つが「就職活動」で、話しているうちに自分の就職活動を思い出しました。
本当はイベントの様子をブログにアップしたかったのですが、あいにくブースから一歩も出なかったため、今回は私の就職活動時代の話をしようと思います。
少しでも参考になれば幸いです。
将来の夢は「客室乗務員になること」
私の学生時代の夢は、「客室乗務員になること」でした。
幼少時代、休日によく家族と出掛けたのですが、行き先は「東京駅」か「羽田空港」のどちらかでした。東京駅では「新幹線ホームの入場券を購入→新幹線を見る→乗らずに帰宅」、そして羽田空港では「空港内のレストランで食事→展望デッキで飛行機鑑賞→乗らずに帰宅」がお決まりのコースでした。(父は鉄道好きでも飛行機好きでもないので、どうしてその二ヶ所に家族を連れて行ったのかは未だに謎です。笑)
そんな幼少期を過ごしたことがきっかけで、私は飛行機や空港に興味を持つようになりました。(あとプラレールが大好きになりました)
そして小学五年の夏、当時叔父叔母が住んでいたハワイ・マウイ島に家族みんなで行くことになり、私は初めて国際線のフライトに乗りました。羽田発ホノルル行き、航空会社は台湾の航空会社「チャイナエアライン」でした。(行きはなんとアップグレードで、ビジネスクラスのアッパーデッキ!)
そのとき、機内で客室乗務員の仕事ぶりを見て「私も客室乗務員になりたい!」と思いました。
小学校の卒業文集では、タイトル「私の夢」で客室乗務員になりたいことを熱く綴り、高校受験では英語に力を入れている高校を受験し、大学受験では就職先で大手航空会社への内定実績がある大学を受験しました。
そして大学時代、私はレストランで接客のアルバイトを続け、三年の春から「エアラインスクール」に通い始めました。
まさに「客室乗務員になること」という目標を達成するために行動した学生時代でした。
あることに気付いてしまった大学三年の冬
客室乗務員になるための受験対策の準備を進め、いざ「エントリーシートを書くぞ!」というときに、私はあることに気付きました。
冒頭にも書きましたが、私の夢は「客室乗務員になること」でした。
そう、「客室乗務員になること」そのことが私の人生のゴールになっていたのです。
客室乗務員になってその会社で何がしたいのか、客室乗務員としてどう会社に貢献したいのかなど…「入社後の目標」が全く思い浮かびませんでした。
さらに私はあることに薄々気付いていました。それは、「接客の仕事が自分に合っていない」ということ。レストランでの接客のアルバイトでは、お客様と接しているときよりも、お皿洗いやドリンク作りなどの裏方の仕事を黙々とこなしているときのほうがイキイキしていました。(今でも好きな家事は“お皿洗い”)
エアラインスクールではエントリーシートの添削をしてくださるのですが、そこに書かれた入社後の目標はOGの方々のキャリアプランを参考にしたもので、私の言葉ではありませんでした。
「自分がどうしたいのかを自分が分からない状態」で大手航空会社を受験したため、結果はもちろん不合格。
就職活動本番で、私は完全に目標を見失いました。そしてここから私の長い就職活動・迷走期が始まるのです。
<私が客室乗務員を目指していた頃の話 Part2>につづく…。